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何年経ったのかな、あれから。 俺の淹れた紅茶を啜りながら本を読んでいる不二を横目に数えてみた。 冬を控えた十一月の午後、うまく陽だまりを避けているのが、なんだか不二が飼っている仔猫にそっくりで微笑ましくなって笑い声が漏れた。
「なに?」
訝(いぶか)しそうに、だけど愉快そうに聞く。
「不二とリンって似てるね」
「そう?」
「飼い主に似るってほんとなんだな」
「そうかな」
ますます訝しんで首を傾げる。 でもすぐに本のほうへ意識が移行していく。 好きなことだけをする。 ふたりでいるときの暗黙の了解だった。 不二がいるこの空間が大好きだと、もう何度思ったかな。 すごく柔らかい、だけどもとても密度の濃い空気になる。 本当に居心地がいいんだ。 ここが自分の居場所だと思える。 ずっとふたりでいること。 大切にしたいふたりでの暮らし。 どうすれば実現しつづけるのかを考え続けてる。
「不二」
「…ん?」
「ケーキ、食べよ?」
「…ん」
生返事だ。 今朝、不二の姉さんが教えてくれた駅前の新しいケーキ屋さんへ散歩がてら行ってみた。 あまり市販の甘いものは食べない不二も、きちんと作られたビターなチョコレートケーキなら頬張る。 味音痴じゃないかと度々疑うのに、どうやらちゃんとわかっているみたいだった。
なにかが変わっていくことに戸惑いはない。 嗜好も、子供のころとまったく同じというわけじゃない。 だけど、どんなに環境や自分たちが変わっていっても、不二が一番大事だと思う気持ちが変わらないことは確認済みだ。 確信がある。 なんてことを言うと、世のなかのおじいちゃん・おばあちゃんにまだまだひよっ子だと窘(たしな)められそうだけどね。
葉っぱを変えて、濃いめの紅茶を丁寧に淹れなおした。
先日、不二の気持ちと俺の気持ちとを確認して、それから、これからのふたりのことを話し合った。 これからといっても、幸いというかなんというか、俺も不二も家族には薄々ばれているらしい。 とても珍しいことなんじゃないかとおもうけど、それぞれの姉が影ながら応援してくれている。 だから俺たちがどうやって生きていくか、考えるべきはそこで、もしかしたら同じ境遇のひとたちのなかではかなり幸せなほうだといえるのかもしれない。 とはいえ、苦難がないわけじゃない。 特に不二は世間体を気にしなくてはならない立場にある。
(続く)
「今月の終わりにね」
「ん?」
授業が終わり、教室へ戻りながら隣に並ぶ俺に不二が言った。
「あるんだって、ブルームーン」
「そうなんだ!」
「見てみたいと、思わない?」
「んー、そだなー、いつもと違うのかな」
「さあ…」
ふふ、と不二が笑う。 あー、これ好きだな、って思う。 なにか楽しい企みが隠されているみたいで、嬉しくなるんだ。
「でもさ、青くはないと思うよ」
「そう書いてあったもんね。 きれいに見えるといいな~」
「…家に、くる?」
不二の一瞬戸惑った問いかけに、俺は反射的にイエスを告げた。 あの日のキスを忘れてはいない。 自分の気持ちもちゃんとわかっている。 なにも考えていない。 そうかも。 きっとそれが正しい。 本当に、反射的だった。 友だちで居続けたいとか、不二とこの先どうなりたいとか、なにも考えていなかった。 ただ、不二との時間はとても居心地が良かったから、少しでも長引けばいいと思っていたのかもしれない。 不二は俺を見てにっこり笑った。 その顔も、やっぱり好きだと思った。
その日の放課後、身体を動かしたいといった俺に不二がついてきてくれた。 久しぶりのストリートテニス。 知っている中学生がまばらにいた。 今頃はだいたい部活だし、三年生はエスカレート式の学校でもほぼ受験生だ。 だから少ないのかも。 一度家に帰った俺たちは簡単なスポーツウェアに着替えてきていた。 コートに入ると誰かれともなく挨拶をした。 ダブルスの試合を申し込まれ、不二と組んだ。 やっぱり不二とのダブルスは変性だけどすごく楽しい。 気が合うっていうより先に、心があう? 身体や神経が先に反応する。 大げさだけど、魂があうって言葉があうように思った。 不二との呼吸はすごく心地良いんだよね。
帰りにファストフード店へ寄った。 大きいサイズのポテトを分け合って、不二はアイスコーヒー、俺はコーラ。 部活が終わることで、店内はいつでも小腹を空かせている学生たちでいっぱいだったから、店を出て少し歩いた先の公園のベンチで並んで食べた。 秋とはいえあったかい陽気のせいだったのかもしれない。 不二の隣だったからかもしれない。 疲れてお腹が膨れて満足した俺は、いつの間にか眠っていた。 不二の肩を借りて。 不二は俺が自然に起きるまで、本を読んで静かに待っていてくれた。 目が覚めたけど、もう少しだけ肩を借りることにした。
一陣の風。 夕方の冷えた空気で微睡みから覚めた。 不二の声が聞こえた気がする。 伸びをしながら、ありがと、と言いながら起きた俺に、不二はやっぱりにっこり笑った。
(続く)
そう、思ったところで先生が入ってきてチャイムがなった。 起立、の合図でみな椅子をガタガタ鳴らして立ち上がる。 礼をして座った時ときには教室は授業を始める態勢になっていた。
みんな、この若い男の先生の授業が好きだ。 マスターを卒業しても数年、遺伝子工学を研究していたらしいけど、少し違う世界が見たくなったとかで中学の教師になった。 今年から、パソコンの授業の先生だ。 いろんなことを知っていて、授業の合間に話してくれる別世界の、遺伝子レベルの話がとにかく面白い。 今日もなにか新しい発見があるかもと、みんな授業の最後の十分を楽しみにしていた。先生が授業とは関係ない、とても興味深い話をしてくれるからだ。 先生は、本当は、理科の先生になりたかったのかもしれない。 だけど理科の先生はベテランのじいさんがいたし、この先生はパソコンにも詳しかった。 そりゃ、研究員だったんだし当たり前、なのかもしれないけど。俺も不二も、例外じゃない。 パソコンの授業のあとは、よくまわりの男子で先生が教えてくれたことについて話したり、部活があったころは放課後、乾やタカさんとどこまで話が進んだか確認したりした。
中等部テニス部を引退して、不二とふたりで一度だけ美術館へいった。 あのとき見上げた月は何色だったっけ? 思い出そうとしたけど、不二と、不二がいった言葉に気を取られ過ぎててぜんぜん思い出せない。 だけどあれが満月だったことは覚えてる。 やけにまるい月が湖に浮かんでて、きれいだなってボーっと眺めていた。 歩き疲れたし。 そしたら不二が… 不二と、キスした。
ブルームーンだったかどうかなんて、調べればすぐにわかるはずだ。 だけどそれも怖かった。 あれが、あのキスがなにを意味するのかわからない。 不二がなにをおもってしてきたのかはわからない。 でも、少なくとも、俺にとっては悪い方向の話ではなかった。 だってあのキスで、俺は不二が好きだとはっきりわかった。 それまでの曖昧な気持ちにはっきりと名前を付けられた。別に、名前なんてなくていいんだけどさ。
不二の横顔をそっと窺う。 ときどき板書しながら、前を向いて真剣に聞いている。 視線には気づいたいたいだった。 じっと見たとき、わかりにくいけど居たたまれなさそうな顔をした。 ざまーみろと思った。 ブルームーンとあの日のキスでこんなに悩んでいるんだから。 考えているっていうより、思いを巡らせている、だけだけど。
(続く)
「ほえ? ブルームーン? て、なに?」
つぎの授業までのあいだ、少しざわついたパソコンルーム。 俺は不二の隣を陣取った。 不二の開いた画面を覗き込む。
「満月ってさ、普通だいたい、ひと月に二回もこないんだよ。 だからひと月に二回くる二回目の満月をブルームーンっていうんだって」
「へえ~」
開いたページの左上には「Blue Moon」と太く大きなゴシック体で強調されている。 ブルームーンのほかに、上弦・下弦の月など、月について科学的に説明しているサイトだ。 月齢も載っていた。
「なあ?」
「え?」
「上…げん?」
「ああ…上弦とか下弦って、月の欠け方とか向きとかだね。このサイトは月について科学的に説明してるんだ」
「ふーん…」
「なに? 英二、月に興味あるの?」
「いや、そういうわけじゃないけど。 なんか面白いかなって、ちょっと思う、かな。 不二こそ、興味あるんでしょ?」
「うん。昨夜、姉さんと話していたときに、大学の研究の話になってね」
「由美子姉ちゃん? 月のこと、勉強してるんだっけ?」
「んー、ちょっと違うけど。いま付きあってる人がね、そっち系の専攻してるんだって」
「…宇宙?」
「よくわからないけど、そうかな。でも、僕もやっぱり興味あるよ」
「ブルームーン?」
「そう、ブルームーン」
今度は名前について調べていた。 不二の手にかかると、簡単に目的のページがヒットした。
「んで?」
「うん?」
「くんの?」
「ブルームーン?」
「うん」
「うん、来月がそうなんだって。 ああほら、ここみて」
なおも同じ画面を覗き込みながら、そこに書かれている文面をざっと読む。 ブルームーンはその名のとおり『青い月』。 青い月なんて実際にはあまり見かけることはできないから、珍しいことの喩えでもある。 ブルームーンを見ると幸せになれるとも、反対に良くないことが起きるとも、 青い月をみたからって幸せが訪れるはずがない。 そんな子供だまし、俺だってわかる。 でも後者は…
「これ、ぞっとするよね」
後者はあり得るのかもしれない。
「月の引力に関係する海の満ち欠けみたいにさ、地球になにかもたらすのかもしれないね」
同じ部分を読んでいたのか、それとも俺がその部分に追いつくのを待っていてくれたのか。 たぶんあとのほうなんだけど。 スリルのあることが好きな不二は、少しだけ声が興奮していたと思う。
countinue...
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